マニア専用だったiPodは、行列のできる電話機に姿を変えた
2008年7月13日 日曜日

iPhoneの原型である最初のiPodが発売されたのは、NYに飛行機が突っ込んだ2ヵ月後、2001年11月のこと。
当時のiPodは、テクノロジー中毒のMacユーザーだけが飛びついたマニアックな商品だった。予約をしてまで発売当日に手に入れた私は、大学で工業デザインを勉強したものだから、角がとがって痛い、傷つきやすいケースには感心しなかったが、2つのことにひどく興奮していた。
ひとつめは、ハイテクの固まりにも関わらず、複雑なテクノロジーの顔は完全に影を潜めていたこと。ハイテク機器のインターフェースは、往々にしてありとあらゆる設定を変更できる複雑さが美徳で、量が勝負の時代。iPodは「音楽を楽しむ」という目的を邪魔する余分な機能は、容赦なく排除するという、ごくあたりまえの原点に戻るプレーヤーだった。
いまとなっては当たり前になったことだが、アップデートをインストールすると新しい機能が使えるようになるという仕組みも新しかった。機械を買い換えなくてもソフトだけで新しいプロダクトに生まれ変わるという「物理的な物を売る」プロダクトデザインの根本がひっくり返った。
あれから7年。
iPodは携帯電話に姿を変え、世界中で長い行列ができる商品になった今も、あの2つの個性に変わりはない。
思いつく機能をドンドン追加する「足し算のデザイン」で磨き上げたのが、日本の携帯電話ならば、iPhoneは完全に逆転の発想。どの機能を省くかという「引き算」の思想だ。iPhoneは沢山のことが出来ることが売りではあるが、その機能一つひとつは徹底的に考え抜かれた非常にシンプルなものだ。カメラひとつをとっても、シャッターボタンしか出てこない。
日本の機能大盛りの携帯電話に慣れているユーザーには間違いなく違和感があるだろう。例えて言うなら、iPhoneはお年寄り向けのシンプル携帯のようなコンセプト。極めて使いやすいが、機能は限られている。多機能を期待して買うと痛い眼にあうので注意が必要だ。
…と、ここまで書くのだから、この男はiPhoneに違和感など、みじんも感じていないのだろうと思う方も多かろう。
もちろん満足である。
でも、実は、長年のジャパニーズ携帯のユーザーとしては、かなりつらい携帯だと感じる部分も沢山あることがわかった。アメリカ帰りで、しかも自称ハイテク&マックおたくの自分でさえ違和感があるのだ。あの行列に並んだ日本のみなさんは今夜あたり何を思っているのだろうか。もしかするとiPhoneはすべての日本人向けではないのではないか?
24時間使ってみた最初の印象は、明らかに外国の文化感でデザインされた携帯電話であるということだ。それと同時に、逆に、世界の市場で鎖国状態を貫いてきた日本の携帯テクノロジーのすごさも見えてきた。
数回に渡って書いてみるつもりだ。

阿部譲之 あべよしゆき。木工芸とプロダクトデザインを経て、NYで石岡瑛子に師事。東京を拠点に活動するデザイナー、ジャーナリスト