「プライベート」カテゴリーのエントリー

雨の火曜日、しっとりとデザインを練る

2008年4月8日 火曜日

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本棚から重い写真集をいっぱい出してきて、雨の音を聞きながら、デザインのアイディア出し。

雨の日はすべてが落ち着いた大人な雰囲気になるのが好きだ。濡れた地面や植物が濃厚な色に姿を変え、空気は文字通りしっとりと湿り気を帯びて、雨の香りを漂わせる。何層もの雲を突き抜けてきた太陽の光は勢いを失い、かすかに青白さを帯びて、窓際に置かれた物にやわらかな陰影をつくる。

こうやって、綺麗な写真集に眼を通すのが仕事、というのも幸せだなあと、ふと思う。

締め切り前の静寂。雨音。

桜吹雪に見送られ、10年ぶりの入学

2008年3月31日 月曜日

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最後にした習い事というと、大学までさかのぼってしまう。

そんな私が何を思ったか、フランス語の学校に申し込んだ。

日本語と英語が話せるのは珍しくもないご時世なので、次はフランス語。新しいデジカメを買うより、習い事に興味を示すとは、自分もずいぶん変わったものだと思う。5万円で3ヶ月も楽しめるエンターテイメントと考えれば、安い安い。

飯田橋にある『日仏学院』は、フランス政府が運営する学校で、この冬からパリに引っ越してしまった友人が薦めてくれた。英語・イタリア語などヨーロッパ系の言語を話せる人向けの初心者コースというのがあったのが、最後の一押しになった。文法も単語もかなり似ているから早く前に進めるだろう。

3月末の本日、クライアントからのありがたいご入金を確認し、 汐留での打ち合わせが終わった足で、現金を握りしめて飯田橋に向かう。駅からの道のり、強い風に川沿いの桜が、狂ったように右に左に吹き荒れていた。

桜咲く道を、この10年間で初の学校に申し込みに向かう・・・ううむ、画がベタすぎだ。

日仏学院の建物には、日本とは微妙に違うコーヒーの香りが漂っていた。古い建物だけれども、カフェやら本屋やらがあって、どこか洒落た雰囲気を臭わせている。見渡すと、案内版から書類から何から全部フランス語で、申込書も、併記してあるフランス語は、何を意味するのかさっぱりわからない。一言で表すならば、それは「恐怖」。

申し込みを済ませ、併設の書店の木のドアをくぐる。教科書を買いに行くという行為が無性に甘酸っぱい気分だ。そのテキストブックのタイトルは「スピラル」で、綴りは英語のスパイラルと一字違いのSpirale。少しずつ上達するという意味だと思うが、やはり言語として似ている。なんとかなりそうな気がしてきた。

ともあれ、このとき感じたナミナミならぬ身の危険は良い兆候。どうせ勉強するなら、怖いくらい無知な分野でなきゃ意味がない。

3時間で雪国からエアコンの国へ

2008年2月24日 日曜日

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バンコクに着いたときと似た、少しかびているのではないかと一瞬感じる南国独特の湿っぽいエアコンの空気。オーランド国際空港に深夜到着。すぐに黒いコートを脱いだ。

大雪のニューヨークから一転して、半袖短パンの世界へ。飛行機に3時間乗っても、まだ余裕で国内というのもすごいが、ここはまだアメリカの最南端ではなくマイアミはもっと南だ。東京から沖縄が2時間半のフライトだから似たようなイメージだろうが、アメリカの大きさがわかるというもの。

もう夜11:30を過ぎている。プロデューサーは、レンタカーのカウンターの行列に捕まっているのだろうか、なかなか戻って来ない。それともまた見知らぬお姉さんと話し込んで、私のことを完全に忘れているのだろうか。

飛行機から降りた人々はもうみんなどこかに消えていった。残ったのは、ディズニーワールドへのツアー客をあてもなく待つ制服のおばさんと、そして私くらい。

夜明けとともに全貌を現すブリザード

2008年2月23日 土曜日

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クリエイティブ業の決まり文句「朝一で確認して頂きます!」に間に合わせるため、朝4時に起き出してしばらく仕事の続きをしていると、窓の外が青白くなってきた。

スチーム・ラジエターがキンキンと小さな金属を鳴らす、冷える朝。暗くて気付かなかったが、一段落して外を覗くと、大雪。

東海岸一帯が吹雪に襲われているらしい。アメリカの輸送網は日本よりも遙かに怠慢なので、最後の機材を宅急便で送るという甘い選択肢は完全にアウトということになる。月曜日のイベント開始までに届かないと大ごとになので、残った機材は空港でチェックインするしかなさそうだ。

昨年秋のNY滞在で買った商品にクレームをつけるために、この日、ある会社のカスタマーサービスに電話をしたところ、迫力ある男の声で「どーもすみません、吹雪で今日は電話に出られませんので」とテープが流れ、有無を言わさず回線が切れた。雪だって電話くらい出られるだろうにと一瞬あきれて笑ってみたものの、後でこの会社の住所を見たらブリザードの、ど真ん中だった。そのオヤジ以外、だれも出勤できないということか。

ジョナサンのシェアメイトであるチャック氏によれば、ニューヨーク市は海に近いから暖かい方で、内陸に数十マイルも行くと雪の量が一気に増えるそうだ。自分が10年前にここに住んでいたときは、遠出をほとんどしなかったので知る術も無いが、極寒のニューヨークが「暖かい」のなら、近隣の州はマグロの冷凍庫なのだろうか?恐るべし。

生粋のニューヨーカーであるチャック氏は、9時過ぎには、全身毛糸にぐるぐる巻で「いってきまーす」と軽やかに出かけて行った。

元・朝日新聞北米販売部長だから、セリフは、原文のままですけど。

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カバブ屋のプレイボーイ店主が語る女性論

2008年2月23日 土曜日

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近所のカバブ屋で、サクッとランチを済ませようとしたら、店主の人生哲学に捕まった。

若き日にパリでガールフレンドを見つけるために通った社交ダンス教室、そこで出会った日本の外交官の娘と恋愛話からはじまり、アメリカで出会った美人で気だてが良いダンサー嫁さんのこと、奨学金を貰って音楽学校に通う優秀な息子のことまでフルコース。

その横を出前のメキシコ人のお兄さんが、あわただしく行ったり来たりしている。食後の口直しは、甘く濃厚な「理想の女性」論。

ショーケースに並ぶ見慣れない中東系料理のプレゼンの仕方もうまく、人気の店みたいだ。ランチタイムが始まり、大学生の一団が現れて、ジョナサンと私はやっと帰宅の許可を貰い、家路につく。

黒に映える大盛りのチューリップ

2008年2月16日 土曜日

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朝7時のブルックリン・ハイツを散歩していて、黒塗りの小さな花屋の前を通りかかる。

色とりどりのチューリップが大盛りに飾られていたのに目に留まり、続いて足が止まった。

開店前で店の奥は真っ暗。その暗闇の黒を背景に、静物画を見ているかのように色鮮やかにくっきりと浮かび上がっていた。さながら絵本に出てくるミステリアスな魔法の花屋という雰囲気。

場所はモンタギュー通りのすぐ側。マンハッタンのすぐ対岸にあるブルックリン・ハイツ地区は、金持ちが多く住む場所で、そういうお客さんが家を飾るために立ち寄るのだろう。花も客の家のインテリアを選ぶというわけだ。

花屋の数でその街の文化度がわかるという説もあるらしいが、花が生活を彩る習慣はアメリカやヨーロッパの方が浸透していると感じる。数日前に、バレンタイン・デーの夜にマンハッタンを歩いていて、男だけの行列をそこら中で見かけたが、その先をたどると全部花屋だった。

それにしても閉店時に通行人の足を止めさせるとはなかなかのセンス。今朝、街が動き始める前のこの瞬間、通りの主役は間違いなく、重たげに頭を傾ける丸々と太ったチューリップ達だった。

眼下にひろがるモノクロ写真

2008年2月14日 木曜日

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雪の降る夕暮れ、ノートマックを2台背負って、クライアントのオフィスに向かう。

長く厚いコートを着込んだ仕事人達が足早に歩いて行く。彼らのマンハッタン・スタイルの黒服に、強く降り始めた雪が積もり目立っていた。

マーケティング担当副社長が現れるのを待ちながら、暗くなり始めた外界をボーッと眺める。目の前のマディソン・スクエア・パークの色彩は、まるで白黒写真でも見ているようだった。

5番街にブロードウェイが斜めに交差する三角形の角地に立つ「フラット・アイアン・ビル」(写真中央右)は、ジョージア・オキーフの旦那、アルフレッド・スティーグリッツの写真でもよく知られていて、このエリアの名前にもなっている建物だ。丸い池のほとりに立つ銅像は、スティーグリッツがあの写真を撮ったときも、きっとあそこに立っていたのだと思う。

ところで、あの写真は白黒だったが、当時のニューヨークにはイエローキャブなど走っていなかっただろうし、カラフルな要素は皆無だろうから、カラーで撮ったとしても白黒写真に見えたのではないだろうか。自分が撮った写真を見てそんなことを感じた。

マンハッタンは変わるところは跡形もなく姿を変えるものの、一方で、アンティーク級の高層ビルが立ち並ぶところだ。 全部新しいようでいて、新旧が折り重なっているのだ。

ANA10便 通路側27H

2008年2月12日 火曜日

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「現地の天候は快晴、気温はマイナス11℃ との情報が入ってきています」

着陸30分前に機中に流れたアナウンスは、乗客のどよめきで迎えられた。強い風が吹く1日になりそうで、明日は雪が舞うという。

ひさしぶりに日系の飛行機に乗ったので、ニューヨーク到着は朝。いつものアメリカ機だとアジア発だから、成田経由の出発は夕方となり、着いてからすぐ夕食に出かけて1日目が終わるのだが、今回はランチミーティングのアポあり。

地平線に横たわる何層にも重なった夜明けのサンドイッチの下には、雪景色が延々と続いていた。

成田エクスプレス9号 5号車9番C席

2008年2月11日 月曜日

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秋にジョナサンと七転八倒して仕上げた映像が、クライアントのお気に召したようで、またお呼びがかかる。

大量のコンピュータ機材を引っ張り、ドアからドアまで18時間の旅路のはじまりはじまり。

ある家族の光景・お正月編

2008年1月26日 土曜日

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2008年1月2日、夜9時、実家。

白くよどんだ濁り酒をぐびぐび飲んで真っ赤になっているその酔っぱらいは、1束のメモ帳と鉛筆が転がっているのを見つけた。

似てるとか似てないとか、父似だ、いや母似だよと、よく言われるもので、家系図をわかりやすく絵にしてみた。

普通の記念写真も悪くないが、ひとめ見て、あのときの笑いがよみがえるっていうようなやつは、さらに心温まるというもの。

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実はマイペースな弟がもう1人写っていないのである。

平日昼間という至福

2008年1月23日 水曜日

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数年だけフルタイムの勤め人をしてみて初めて知ったのは、週末が来るのがいかに楽しみかということだ。

その点、自宅の1室を仕事場にするフリーランスだとどうなるかというと、毎日が日曜日みたいなものだ。いや、まったく仕事をしない明確な休みの日がまったくないので、気が休まる時が無い=毎日仕事と言ったほうが実情をよく表しているかもしれない。

だから息抜きは強制的に作らないといけない。

大きな仕事をひとつ片付けた翌日に、 平日の真っ昼間からガラガラの映画館に向かう快感。ホットドッグとコーラを買って2時間の至福の時を過ごす。

いや、ちょっとまて。勤め人をやったときに、仕事を抜け出して遊びに行った昼下がりは、もっとすがすがしい気分だったかもしれない。

遊びと罪悪感は、なかなかオツな食べ合わせのようで。

1人先はデビッド・リンチ、目の前にサラ・ミシェル・ゲラー

2008年1月10日 木曜日

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隣の教授がアイマスクの向こうで眠りに落ち、さてどうしようかとスクリーンに眼をやると、映画に知り合いが突然出てきて驚いた。

ハリウッドの演技派ベテラン女優、グレイス・ザブリスキー

『ツインピークス』で主人公ローラ・パーマーの母親役、と言うと思い出す人もいるだろう。そう、あの気が狂ったオバさんをやった人だ。

これは、私が浅草のボロ屋を仕事場にしていた頃のことだが、そんなコワモテのおばさまを、東京ツアーに連れて行った。ツアーとは言っても、およそ観光とはかけ離れたマニアックなものだが。

ことの始まりは、ホラー映画「呪怨」の、ハリウッド・リメーク版の撮影が東京であったことだ。出演者の1人のグレイスは、女優業以外にアーティストとして木工芸に夢中で、宿泊先のコンシェルジェに、英語を話せる伝統木工の専門家を探させた。

当時、英語のホームページを持っている東京の木工経験者が私くらいのものだったこともあろうが、昔通ったカリフォルニアの家具学校の名前がプロフィールに書いてあったのが彼女の眼にとまって、メールが届いた。アメリカの工芸界では名前の知られた巨匠が教えている学校で、彼女もその評判を知っていたというのだ。その巨匠の爺さんの名前を知っているということは、かなりのマニアだという証拠。電話で話がはずんだ。

ハリウッド女優が東京の伝統木工を案内して欲しいと頼んできたら、そりゃ、引き受ける以外の選択肢があったものではない。数日後に滞在先に向かった。

ロビーで彼女と話していると、撮影がオフの日だったようで、次々に撮影スタッフやら俳優達が「おはよう」と声をかけて行く。その中の小柄な女性が「地下鉄の駅は近いの?」と聞くので、僕らもいま向かうから一緒に行きましょうよと伝えた。彼女にぴったりくっついている屈強な男はボーイフレンドだろうか。ずいぶん無口な男だ。

その若い女性のグループと外苑前駅で別れてすぐ、グレイスが「彼女が誰だか知ってるか?」と聞く。なんとあの小娘は、サラ・ミシェル・ゲラーだというではないか。アメリカで若者に熱狂的な人気のある女優だ。男はアメリカから連れてきたボディーガードだったのだ。日本では誰も気付かないようで、そのハリウッドの超有名女優はサングラスもかけず普通に地下鉄に乗って銀座へ買い物に出かけて行った。

グレイスと車中で話をしていて、彼女の親友のデビッド・リンチの話題になった。作品にも常連で出演していると聞くと、ちょっと嬉しくなってしまう。知り合いの知り合いの知り合いという具合で繋げていくと、6人だったか10人だったか先にはアメリカ大統領がいると言う話があるが、その日から、私の1人先はデビッド・リンチというわけだ。

ただ、その1人という壁は、薄いようで、果てしなく分厚い。それは、知り合いというだけはどうにもならない「実力」という見えない絶壁だ。

初めて自分のオフィスを構えたばかりのあの頃、隣に座るハリウッド女優と2人で、終点浅草に到着するアナウンスを聞きながら、そんなことを考えていた。