「業界人しか理解不能」カテゴリーのエントリー

わかるようでわからん「コンピュータのデータ転送速度」図解

2009年9月11日 Friday

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次から次へと新しく出てくるネットワークや接続コード規格は、スピードを数字だけで知っているので、他と比べてどのくらい速いのか、わかるようでわからない。

そこでグラフにしてみた。

100メガの光ファイバーインターネットあたりより上は、劇的に倍数で速くなっていく。意外に速いなあと思ったのがギガビット・イーサネットで、理論値上はFirewire 800より速い。

ものすごいのは次世代USB規格「USB 3.0」だ。あまりにもすごすぎて、ぜんぶ納めようとすると、グラフが下のように5倍の幅になってしまう(一番下のグレーがUSB3、その上がeSATA)

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先日のあるセミナーで、CG系会社の社長が、次に期待するテクノロジーはUSB3.0だと言っていたが、グラフにしてみてその意味が少しわかった。5Gbpsだと、巨大なハイビジョン動画ファイルでもあっという間に転送されてしまう。2009年末までには最初のUSB3.0製品が発売されると言われている。

(どれも理論値なので実際のスピードは環境に左右され、上記を下回る点にご注意)

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「木と会話できる男」アメリカ木工家具界の巨匠、ジェイムス・クレノフ死す

2009年9月11日 Friday

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ジェイムス・クレノフが、2009年9月9日に亡くなったという知らせが、メールで今朝カリフォルニアから届いた。

James Krenovはアメリカでは知る人ぞ知る、木の家具の巨匠。1920年にスウェーデンで生まれ、1981年にカリフォルニア州フォートブラッグに家具学校を設立するためにアメリカに移住した。

日本の家具作家達の間にも彼のファンは多く、私の父もその一人で、クレノフさんと少しばかりの交流があった。そんな父の薦めもあり、私はその田舎町にあるクレノフの家具学校に留学したことがある。高校を卒業したばかりの18歳の時のことだ。

18歳の小僧 vs. 究極の「ガンコジジイ」

なにしろ留学1年目で英語もつたなく、そこにきてクレノフ氏は自他共に認める「木狂い」。人間にはさして興味を示さない孤高の老人だった。巨匠には異常な敬意を払う典型的な日本人の私は、彼と1対1で話すたびに緊張したものだった。

日本で言うところの超ガンコ職人で、激しい躁鬱のため病的な気分屋。学生達の間では「今日のジムの機嫌はどうだ?」という会話が日常的だった。日本だったらクレノフ先生と呼ばれて恐れられそうなものだが、われわれ生徒は彼を「ジム」というニックネームで呼んだ。たまーに機嫌の良いときには、驚くほどフレンドリーでいろいろ話したりしたもので、冬休みに日本に帰国したときには彼に頼まれて、そば殻の枕を調達して帰ったりもした。

当時は、ひでえジイサンだと思っていたが、今思えば、あれくらいの変わり者でなければ、すごい作品は生み出せなかったのだろうと思う。ただ人当たりが良いだけの仕事人は、人には慕われるが、作品に勢いは無いことが多い。人柄は最悪だが作品はぶっとんでいる・・・そういうケースで真っ先に思い出すのはクレノフじいさんかもしれない。当時の私は若く、また、木工を勉強し始めてわずか1年の初心者だったから、細かい高尚な理屈は、彼の著書を何度読んでもさっぱりわからなかったが、制作途中の彼の家具の現物を間近で見ると、あの「よくわからないがメチャメチャすごい」というオーラが漂っていたことは覚えている。

クレノフ家具のメイキングをながめる日々

数人いた先生による授業の中で、ご本尊のクレノフ氏が教えるのは週1回、それも1時間程度の短いものだった。それ以外の時間は、彼も20人くらいの生徒達と同じ工房に作業台を並べて自分の作品を作っていた。授業時間は少なかったものの、師匠がいままで見たことの無いような木の家具を少しずつ形にしていく課程を毎日間近で見ることができたのは素直におもしろかった。物作りというのは、家具にしろデザインにしろ、作る課程の方がおもしろいものなのだ。彼の作業台は、加工機械の並ぶ部屋に行くドアのすぐ隣にあって、その機械室に向かう度に、いまクレノフじいさんは何を作っているのかと、小脇に材木を抱えた私も立ち止まって見学したものだ。

彼は家具を作っていないときは、学校の工房の近所のテニスコートにいるか、はたまた奥さまのブリータさんが作った質素なサンドイッチをかじりながら作業台に体を寄りかからせて腕を組み、口をもぐもぐさせて制作中の家具を思慮深げにジーッと見つめていた。「このじいさんは木と話せるんだよ」と誰かにこっそり耳打ちされたら、なるほどねと納得してしまいそうな光景だった。

そして彼が残したもの

さて、私が「彼の偉業は何か?」と聞かれたら、多数の家具を残したことよりも、独特な雰囲気を持つ家具作家のコミュニティーを生み出したことだと答えるだろう。

私が留学していた1990年代当時では、クレノフ氏の作風を学ぶために来た生徒よりも、彼が作り出した学校の親密な雰囲気の方を求めて来る人の方が多かった。アメリカ全土・世界各地から集まってくる生徒の年齢層は、下は18上は退職した孫までいる年配まで。この田舎町にやってきて、クレノフ流の家具作りを初期に学んだ20年以上前の生徒達の多くは、卒業後に地元に根を下ろし、毎年新しい工芸文化とコミュニティーを生み出した。いまでは、北カリフォルニアのメンドシーノ郡周辺には多くの木工家具作家たちが暮らしている。これはすべてジェイムス・クレノフというスウェーデンからやってきた工芸家を起点として生まれたものなのだ。

木の工芸の世界を道半ばで離れてデザイン方面に向かった私には、単刀直入に説明できないのだが、クレノフ氏の家具のデザインがどうということではなくて、彼の家具作り、物作りの「哲学」に共感して集まってきた職人達が作り上げたコミュニティーなのではないかと思う。

数年前に眼が見えなくなってしまうまで、ずっと家具を作り続けたというクレノフ氏。片手にあの独特なスタイルの木のカンナを携え、またもう一方にはテニスラケットを持って、天国に出かけて行ったのではないだろうか。

クレノフじいさんは、いま頃、ホントに木と話しているかもしれない。

===

「ジェイムス・クレノフ基金」への寄付を募集中

これから家具作家を志す若手に奨学金を出す「ジェイムス・クレノフ基金」をCollege of the Redwoodsに設立する予定だそうである。 クレノフ氏に影響を受けた日本の家具作家の皆さんで、基金への寄付に興味をお持ちの方は、連絡先をお知らせしますので私までメール(mail [at] yoshidesign.com)でお送りください。

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写真はすべて1995〜1996年当時のもの。
上の大きな写真:バンドソーでスライスした木をベニアにする方法を授業で説明するクレノフ氏。
小さな写真(クリックで拡大):学生の作品を講評中(2枚)、工房に届いた材木を学生達に混じって選ぶ師の後ろ姿、この年の生徒達、人口5000人のフォートブラッグ(学校の工房は町外れで、右上の中学校のグラウンドの右側)

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MoMA最強の入場チケット

2008年12月11日 Thursday

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ヨーロッパからの観光客で行列のできたMoMAのチケットカウンターを横目に、ロジャーに指示されたとおり、54丁目入り口の方に近い案内デスクに向かう。

メガネのアジア女性に「I’m on today’s guest list. Yoshi Abe.」と伝えると、彼女は素早いアクションで奥からバインダーをわし掴みにし、手書きのリストを人差し指でなぞり始めた。自分のラストネームはA-B-Eだと念のため繰り返すと「あ、日本の方ですね」と日本語で返事が返ってきた。

ロジャーにメールをして、今日の招待客リストに加えておいてもらった。先日の彼とのランチのときには、すぐあとにミッドタウンで打ち合わせがあったので展示は見られなかった。今日は、ジェレミーと夜の打ち合わせディナーまでの数時間、ゆったりと世界級アートとの戯れ、そしてアンドリュー・ワイエス「Christina’s World」との1年ぶりの再会。

「Staff Guest」と書かれたチケットを受け取って礼を言い、いざ展示スペースに直行しようかと思うと、おばさまが日本語でチケットの説明を始めた。一瞬、親切に今日の見所を教えてくれているのかと思ったが、なにやら美術館会員だけに事前公開中の展覧会も観られ、超大入りのゴッホ展にも列に並ばずスルーで入場できるというではないか!数年前に一気に値上がりして20ドルになったMoMAの入場料がタダになる!というくらいのつもりでロジャーの好意に甘えたのだが、このチケット、どうやらVIPゲスト用らしい。

こういう待遇、好き。

各フロアのチケットチェックのお兄さんお姉さん達の笑顔と挨拶がいつもより鮮烈だったのは、気のせい・・・ではないと思われる。

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いつもと少し違う角度から見下ろすMoMA中庭

2008年12月6日 Saturday

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「舞台裏」を覗くのが3度の飯より好きな自分には、MoMA(ニューヨーク近代美術館)の修復師、ロジャー・グリフィスを訪ねるのがいつも楽しみだ。

彼もそのあたりを心得ていて、行く度にあちこち美術館内を連れ回してくれる。ロジャーとは、カリフォルニアの家具学校から10年以上の付き合い。ちょうど去年の今週、ニキータの結婚式のためにニューヨークに来たとき以来、ちょうど1年ぶりだ。

美術館の2階にあるイタリアンのカフェテリアでランチをしてから、迷路のような通路とセキュリティドアをくぐり抜けて、中庭の彫刻ガーデンを見下ろす場所にある美術館スタッフ専用のカフェテリアへ(上写真)。ここのコーヒーは美味しいのだとロジャー。うむ、たしかにうまいねぇと口にしつつ、お互いの最近の仕事の話などなど。

ロジャーは、最近はモダンデザイン家具の修復が結構多いらしい。以前は、博物館級のアンティーク家具の修復をやっていた話をよく聞かせてくれたが、モダンデザインものがそろそろ修復の機会を迎えるくらいアンティークになってきたのかもしれない。そんな話をしてる最中にも、倉俣史郎作のガラステーブルの修復の電話がロジャーにかかってくる。

上の写真は、その間にこっそりと…。

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ターセム+石岡瑛子、映画「落下の王国」関係者試写

2008年8月15日 Friday

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スクリーンに次々と映し出される映像も素晴らしかったが、観客席の顔ぶれも感動的だった。

映画「ザ・セル」でコラボしたターセム監督と石岡瑛子氏の第2弾、「落下の王国 – The Fall -」。関係者向けジャパンプレミア兼試写会が、お盆の最中に新宿某所であった。

北京オリンピック開会式から帰国したばかりの石岡さんを始め、ターセム監督も登場してのトークショー付き。

世界24ヵ国以上・世界遺産13カ所でロケ、撮影4年、CG無しの全部実写という、壮大な濃密視覚エンタテイメント。石岡さんの鮮やかな衣装が、大自然に美しく栄える。

五輪の衣装デザインの話題のせいで、テレビ取材のクルーも数局。見ていると、テープ交換の手際の良さが各局違っていて、無音であっと言う間に交換するカメラマンがいるかと思うと、アシスタントも手伝っているのにガッチャンガッチャン音をさせて騒々しいのもいたり。差が出るものだなと思う。

関係者席の方はクリエイティブ業界のそうそうたる面々。坂田栄一郎さん・杉本博司さんの二大巨匠写真家が、両方とも白いスーツだったのが印象的。写真手前の青いTシャツの頭はピーター・バラカンさん。そんな、業界最高峰の中に座っていて、おれはまだまだだなぁと思うと同時に、やる気みなぎる。

壇上の通訳は戸田奈津子さんだったのだが、字幕翻訳と同じように正確さではなく味のあるトランスレーションが絶品。帰り際に、ロビーに戸田さんがいらっしゃったので、その旨、強引にお話させていただく。

石岡さんと直に会うのは久しぶりだったが、いつ会っても変わらぬエネルギーで、彼女は歳をとらないのでは無いかとさえ思う。オリンピックが成功してさらに注目が集まっているため、次のプロジェクトも続々オファーが来ているとのこと。

ターセム監督とも少しだけ話したのだが、気鋭の映像作家というシャープなイメージが、言葉を交わした後には「良く話すおちゃめなお兄さん」に大変身。

「こんな地の果てでお会いするとは思いませんでしたよ〜」と言うと、「いやあ、北京でCMの撮影があってねぇ。で、そちらの女性は?」と返してくるターセム氏。わたしの隣の友を興味津々でみつめている。「ああ、彼女は僕の友達です」と伝えると、「ハロー『友達』!」と彼女に握手。友は、嬉しそうに満面の笑み。

会場を後にして階段を上り始めると、前をおかっぱ頭の菊地凛子さんが歩いていた。

ビジュアル系ターセム氏の興味を誘った悪友は、菊地さんが「ひもぱんだった、ひもぱんだった」と興奮している。

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ユーモアセンス抜群

2008年7月17日 Thursday

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インタビュー取材の「テープ起こし」という作業

2008年7月13日 Sunday

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今月末に発売の『デザインノート』誌・第20号で取材をさせて頂いた、佐藤可士和さんのインタビュー原稿。これを元に記事本文を書き上げた。

インタビューは、レコーダー1台だけだと録音がバグったときに取り返しがつかなくなるので2台同時録音。 テープの交換なしで延々と録音のできるICレコーダーを、現場到着直後から帰るときまで回しっぱなしにする。

電子式のレコーダーは何かの弾みでいっぺんに全データが消える可能性があるので、特に注意が必要だ。ライターを始めた頃には、MDレコーダーで録音した長いインタビューが、誤動作で全部消えてしまい唖然とした。その時は、インタビューに応じて下さった本人にもう一度話してくれとも言えず、記憶を総動員して記事を書くという離れ業をやった。以来、シビアなインタビューでは絶対2台。 同じ機械的な問題が起きないように、機種もわざと少し違うものにしてある。

インタビューを文章にする「テープ起こし」作業は、会話のスピードにもよるが、録音オリジナルの3〜4倍の時間がかかる。インタビューは長ければ使える話も増えるものの、後で書き起こす手間が増えるのでバランスが難しい。テレビの収録ではおさえで余分に録画することを「長まわし」と言うらしいが、ビデオも調子にのって無駄に長く撮影すると編集作業が悪夢になるらしい。

テープ起こしは別人に頼むこともできるが、書き起こしながら記事本文の構想を練ることができるので、ライター本人がやるのが理想的とも言える。だいたい予算の関係で外注は無理だが…。

上の原稿は、1時間半のインタビューを書き起こしたもの。

ご本人の言葉をカギ括弧で引用すると説得力ある部分や、ネタとしておもしろい部分に赤鉛筆で線をひっぱり、どの部分を記事に使うか決めていく。どんな記事・取材でもそうだが、上の写真を見ておわかりのように、実際に掲載されるのは取材した中のごく一部だけなので、ライターは全文を読めるという特権を持っている。

使えるテキスト素材を整理できたら、次は、記事に組み上げる作業が始まる。文章の論理的な流れと、文字数の調整、段組の切り替わる位置を考えながら少しづつ書き始める。この「知的パズル」遊びは、一番苦しくも楽しい時間である。

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マニア専用だったiPodは、行列のできる電話機に姿を変えた

2008年7月13日 Sunday

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iPhoneの原型である最初のiPodが発売されたのは、NYに飛行機が突っ込んだ2ヵ月後、2001年11月のこと。

当時のiPodは、テクノロジー中毒のMacユーザーだけが飛びついたマニアックな商品だった。予約をしてまで発売当日に手に入れた私は、大学で工業デザインを勉強したものだから、角がとがって痛い、傷つきやすいケースには感心しなかったが、2つのことにひどく興奮していた。

ひとつめは、ハイテクの固まりにも関わらず、複雑なテクノロジーの顔は完全に影を潜めていたこと。ハイテク機器のインターフェースは、往々にしてありとあらゆる設定を変更できる複雑さが美徳で、量が勝負の時代。iPodは「音楽を楽しむ」という目的を邪魔する余分な機能は、容赦なく排除するという、ごくあたりまえの原点に戻るプレーヤーだった。

いまとなっては当たり前になったことだが、アップデートをインストールすると新しい機能が使えるようになるという仕組みも新しかった。機械を買い換えなくてもソフトだけで新しいプロダクトに生まれ変わるという「物理的な物を売る」プロダクトデザインの根本がひっくり返った。

あれから7年。

iPodは携帯電話に姿を変え、世界中で長い行列ができる商品になった今も、あの2つの個性に変わりはない。

思いつく機能をドンドン追加する「足し算のデザイン」で磨き上げたのが、日本の携帯電話ならば、iPhoneは完全に逆転の発想。どの機能を省くかという「引き算」の思想だ。iPhoneは沢山のことが出来ることが売りではあるが、その機能一つひとつは徹底的に考え抜かれた非常にシンプルなものだ。カメラひとつをとっても、シャッターボタンしか出てこない。

日本の機能大盛りの携帯電話に慣れているユーザーには間違いなく違和感があるだろう。例えて言うなら、iPhoneはお年寄り向けのシンプル携帯のようなコンセプト。極めて使いやすいが、機能は限られている。多機能を期待して買うと痛い眼にあうので注意が必要だ。

…と、ここまで書くのだから、この男はiPhoneに違和感など、みじんも感じていないのだろうと思う方も多かろう。

もちろん満足である。

でも、実は、長年のジャパニーズ携帯のユーザーとしては、かなりつらい携帯だと感じる部分も沢山あることがわかった。アメリカ帰りで、しかも自称ハイテク&マックおたくの自分でさえ違和感があるのだ。あの行列に並んだ日本のみなさんは今夜あたり何を思っているのだろうか。もしかするとiPhoneはすべての日本人向けではないのではないか?

24時間使ってみた最初の印象は、明らかに外国の文化感でデザインされた携帯電話であるということだ。それと同時に、逆に、世界の市場で鎖国状態を貫いてきた日本の携帯テクノロジーのすごさも見えてきた。

数回に渡って書いてみるつもりだ。

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白いかたまり

2008年7月3日 Thursday

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まるで中身も全部つまった陶器のようだった。

目黒庭園美術館のカフェで登場した真っ白の牛乳は、陶器のフチになめらかに形を溶け込ませ、境界が見えない。容器と全く同じ色のなみなみと注がれたミルクは、固体のようだ。

コーヒーはブラックなので一度も触らないで去った。液面が揺れるのを見てない私の頭は、まだ少々混乱気味。

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師匠が北京オリンピック開会式の衣装デザイン

2008年7月3日 Thursday

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長らくご無沙汰していたNY時代の師匠・石岡瑛子さんに、仕事の話でメールを打った。

ニューヨークから返事が来ると思っていたところ、北京から返事が届いた。なんと、オリンピック開会式のコスチュームデザインを担当していて、追い込みのまっただ中なのだそうだ!

『広告批評』の最新号に「北京の石岡瑛子」と題した28ページの特集が載っていると教えてもらい、早速本屋に走る。長めのインタビュー記事なのだが、われわれが外から見る中国とはまた違う、生の現場の中国ストーリーが面白い。どうも僕らがメディアで見ている中国は、実物とは少し違うみたいである。

肝心のコスチュームデザインは、8月8日の開会式まで極秘。総監督は映画監督のチャン・イーモウで、会場スタジアムはヘルツォーク&ドムーロン設計。そして、ハリウッドからシルク・ド・ソレイユまでを手掛ける石岡瑛子の衣装。

突然、オリンピックが他人事では無くなった。

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