「100万」という数を「100万個の点」で描く(40年前の本)
2008年4月13日 日曜日

10年以上前のニューヨークでのこと、今でも大事にしている一冊の本を見つけた。
ある日、通っていた美大の図書館の前に段ボール箱がずらりと並んだ。古い本を処分する投げ売りだ。アメリカの古書に特有の湿っぽい匂いがする、色あせた本ばかりで、あまりそそる雰囲気ではなかったのだが、1冊2ドルだというので、高い美術書の掘り出し物でもあるかと思い、物色を始めた。
そのときに見つけたのが、ごくシンプルに「One Million」と題名のついたこれ。定価は3.95ドル。
私が生まれるよりも前に大手出版社Simon & Schusterが出版。その中身には、私だけでなく教授や同級生は眼を丸くした。…正確には、それに加え、眼がチカチカした。
その本を開くと、紙の上に並ぶのは文字の代わりに「黒い点」。200ページに渡って目の錯覚テストのようなページが延々と続き、100万個の点が整然と並ぶ。
2番目の黒い点の「2、エデンの園の住人の数」というコメントから始まり、「81,000、 アメリカで心臓移植を待つ人」、「251,723、1969年にワシントンDCでベトナム戦争抗議デモに参加した人」、「649,739(分の1)、ポーカーでローヤルストレートフラッシュになる確立」など、なんとなく知っていそうで、いまいちどのくらいのサイズなのかがわからない数字が紹介されている。
この本が世に出てから40年近く経った現代にも、そっくりそのまま残っているのは、数字という抽象的なわかりにくい概念だ。数百億円でどこぞの企業を買収したとか、国家予算が何兆円であるとか、大きな数であればあるほど、実際の大きさはよくわからない。人間がいっぺんに認識できる物事の数は7だと言われているし、手と足の指を総動員しても20までしかカウントできないわけだから、頭の中ですぐに認識できるのはそのくらいの量だろう。
この本を手にした若き美大生は、デザインがこういう社会的に大切な情報を直感的に伝える役割を担えると思った。「情報」が世界を動かす最強の力になったいま、情報の翻訳家が必要だと思う。アフリカの難民が何万人いると聞いても、アマゾンで森が消えていくニュースを読んでも、そりゃ大変だぁというくらいの反応しかできない我々の脳がそこにある。こういった人類の明日に関わることの規模は、当事者である私たちの理解のキャパを遙かに超えてしまった。
インフレ、人口爆発、世界規模の環境変化・・・、巨大な数字があふれ出している。1970年には「100万」で社会現象を表現できたとしても、2008年版となると何巻シリーズになるのだろうか。



阿部譲之 あべよしゆき。木工芸とプロダクトデザインを経て、NYで石岡瑛子に師事。東京を拠点に活動するデザイナー、ジャーナリスト