うなぎの最高峰にて、最上級のお嫁さん理想像に心ときめく
2008年7月10日 木曜日

言わずと知れた、創業160年の老舗。うなぎの最高峰「五代目野田岩」は、東京タワー直下、飯倉交差点から少し下ったところにポツンとある。
山本益博さんが「2階の雰囲気が必見」だと言っていたのを思い出し、引き戸をくぐり2階は空いているかと問うと、少し待てば空くかもしれませんがお待ちになりますか?と和装の女性。
野田岩は席を待つのがあたりまえなのだが、この40代の仲居さんは、待たせるのを何度もわびて声をかけてくれた末に、ちょっと様子を見てきますと言い残して2階に消えてからすぐ戻り「いまお会計をなさっているお客様がいらっしゃいます」と満面の笑みで報告をしてくれた。
彼女の言葉使いや仕草に見とれていると、何やら幸せがこみ上げてきた。お嫁さんにするならこんな人だよなあと、妄想をはじめる自分。次来るときは、うなぎでなく彼女目当てで来てしまいそうだ。
大広間だと思いこんでいたのだが、案内されたのは小振りではあるものの、なんと立派な個室の座敷だった。
「ここ、2人だけで使って大丈夫なんですか?」
「もう今夜はお客様が一巡しましたから大丈夫ですよ」
座布団に座った連れは、タタミをじっと見つめて「ふうむ、さすがのものを使っている」と宣言した。タタミの品定めなど私にできるはずもなく、 撫でたり押したりしてみるが、やはりわからない。要するにこの連れというはうちのオヤジだが、さすがにとんでもないことを知っていて時折驚かされる。
うなぎは注文してから炭火の上にのせられ、焼き上がるまでしばし時間がかかるものだ。このひとときは、じっくり話をする良い機会だろう。コミュニケーションをとりたい相手との会食には、わざとうなぎを選ぶというのも粋なものではなかろうか。
味については別に私が書かないてもよろしい。そりゃうまい。個人的には、塩をつけて食べる白焼き(野田岩では「志ら焼」と綴る)がたまらぬ。
この日は 天然うなぎがあまり出なかったとのことで、養殖の代わりに天然を出してくださった。霞ヶ浦産だそうだが、お品書きにある「天然うなぎ 時価」は、この日は5,000円前後だったとか。我々が元々オーダーした、スタンダードうな重の最上級「萩」でも3,675円である。おそるべし天然。
割り箸の袋には、天然うなぎの肝には釣り針が入っていることがあるので注意されたし、と書かれている。天然は春から出回るそうだが、「今年はもうラッキーな人が出ましたよ」と、仲居さんが愉快そうに教えてくれる。若い女性だったそうである。めったに出るものではないので、持って帰る人も多いらしい。
障子を開けてお勘定を取りに来た仲居さんに、1万円札を2枚渡す。するとその直後に、金額を記した伝票の下から、綺麗にトレーの上に整然と並ぶ正確なお釣りが現れる。
やられた。
親子ともども、頭の中で、瞬時に野田岩ファンクラブに入会。
サービスが良いと、食事もさらに美味しくなるということを絵に買いたいような店だ。こういうところに来ると、飽食の時代にあって究極の食べ物を地の果てまで探し求める連中がアホにも思えてくる。食事は、やはりサービスや空間のデザインがあってこそのもの。食材だけ、ワインだけ追い求めるのは何か違う。
座敷を降りて靴を履くと、おみやげに紙袋をかぶったうちわを1本手渡される。半透明のカバーがまた涼しさを醸し出していた。





阿部譲之 あべよしゆき。木工芸とプロダクトデザインを経て、NYで石岡瑛子に師事。東京を拠点に活動するデザイナー、ジャーナリスト